近事呆然☆2018年

2018年1月21日(日)晴

 2018年も、はや、大寒を昨日に、21日へと、1月も、だいぶ日が過ぎた。

 年明けに幸先良く、嬉しく、ありがたいことに、先週発行の「図書新聞」1月20日号

に、江田浩司さんの評判の力作『岡井隆考』の「書評」が掲載された。評者は大和志保

さんである。

 評は、江田さんの「思考過程」を基軸のところから理解していて、この本を読む醍醐味まで伝える、大和さんの人間的な誠実な魅力に満ちた文章で、これを読んだ読者は、すぐに本書を読みたくなることだろう。

 

 書題が、「『岡井隆論』ではなく、『岡井隆考』であることに留意したい」という敏感な言及から始めて、本書は、「評釈と論考の狭間でふるふると震えて佇んでいる……真摯な考察の書である」という内実への理解の進み行きの文章が素敵だ。

 また、結末の2段落で、「この大著には、素晴らしく詳細な「岡井隆研究史」と抄出年譜、著作一覧が附されている。/いわばこれは緒口である。この書物にはここより始まる、と記されている。」と、まとめてくださっていて、本書の的確な位置まで照らし出されて、本書を編集したものとして冥利に尽きる。ありがたいこと、このうえなく、苦労続きだった昨年から、この新しい年を、元気を取り戻して始めたい。

 

 もちろん、読後の評であるのだから、本書の問題点などもきちんと指摘されていて、この先の江田浩司さんのお仕事への、よい刺激にもなるだろうことも、随伴者として楽しみの一つである。

 

 楽しみといえば、昨年から、この6月発行予定の「北冬」№018で、「江田浩司」の特集号を企画して、藤原龍一郎さんにご協力を仰いで進行しているのだが、「大特集」になる予定である。

「特集」のタイトルは、「[江田浩司]は何を現象しているか。」である。ここ数日、

なんだか、時ならぬ「宮澤賢治ブーム」の様相を呈しているようだが、もちろん、この特集タイトルからは、『春と修羅』の「序」にある、

 

  わたくしといふ現象は

  仮定された有機交流電燈の

  ひとつの青い照明です

 

が連想されて、江田浩司さんの「現在的格闘」が、強烈な執筆陣から、ダイオードに(?)、鮮烈に証しだされる予定である。

 賢治ブームにあやかって(^~;^~)、乞う、ご期待!

 

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2018年1月2日(火)晴

 あれこれあった2017年から2018年へと、かくして移り変わった、という感じで、例年のような「年賀状」を、「手書き」での方、「メール」での方と、ご挨拶をさせていただいたところだ。

 昨年も、一般的には、ほんの少しの「お仕事」の結果かもしれないが、どの本にも、自分なりに一生懸命に取り組んだ気持を、皆さんに、その結実として「年賀状」の画像にしてお届けした。

 その下の「ご挨拶文」は、「年賀はがき」には、スペースもなくて、印刷してはいなかったが、「メール」でお届けした方々には、うるさいことながら、年頭の感想として記させていただいた。

   あけましておめでとうございます!

 
皆様には、新しい年の始まりをいかがお迎えでいらっしゃいますか。
旧年中も、大変お世話になりました。改めて御礼を申し上げます。

昨年は、世界大におきましても、等寸大の日本におきましても、つい

に、「目指すべき良いもの」が、すっかり失われた時代に突入したこ

とが、くっきりと見えてきた年の始まりになってしまいました。個々人

それぞれ、誕生以来、「一本の鍵」を掌に握りしめながら、「開けてみ

たいほどの扉」を喪失して、風の中に立ちつくし、私たちはいったい誰であればいいのでしょうか? 「北冬舎」という活動体も、いよいよ、混迷の中で、その何かを尋ねなくてはならない時間帯に到りました。

どうぞ、本年も、よろしくお導きのほど、お願い申し上げます。心よりご健康に、良い日々をお送りなさいますこと、ご祈願申し上げます!